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Monday, 9 May 2016

時空を超えた父親探しの旅≪1989一念間≫の話

台湾ドラマ≪1989一念間≫がヤバイ。
先シーズン、三立テレビ(三立都會台)の日曜夜10時放送枠(日本だと11時)の作品≪愛上哥們≫にハマって、この時間帯のドラマはだいたいラブコメ要素が強くて気楽に観れていいなあと思っていた。今シーズンのご存じアーロンが出演している≪後菜鳥的燦爛時代≫もザ・アイドルドラマという感じで、あからさまな胸キュン要素がたっぷり詰まっており、そういうのが好きな人はたまらんのだろうな、おれは白目だけど。とかなんとか考えながら観ていた(それでも観る)。
とはいえこれだけじゃあなんかつまらんな、他のも観てみよう、と思い立ち(暇人か)、日本植民地時代を生きた画家たちを題材にした歴史ドラマ≪紫色大稻埕≫に手を出してみるも、なんか刺激が足りず、懲りずに他のも観てみようってことで何となく選んだのが≪1989一念間≫という作品。以下、導入部分をさらっと紹介。

第一話の冒頭、いきなり上裸でプールに飛び込むのが主人公・陳澈。26歳の若さで投資信託会社の次長を務める、一見して勝ち組系のさわやかプチマッチョイケメンである。顧客との契約ではリスクを回避できるよう機転を利かせ、会社を危機からさらっと救い、よその会社からもヘッドハンティングされるほどの優秀ぶり。ところが彼には“父親がいない”というコンプレックスがあった。
母からの電話を受け、病院に駆け込んだ先には、認知症を患い階段から転げ落ちたという祖父の姿があった。目の前のものと頭の中の記憶の区別が定まらなくなってしまった祖父は、謎めいたうわごとをしゃべり出す。
―「もうすぐクリスマスだ」「行かないと」「いや、もう過ぎたんだ」「李進勤を呼んで来い」「あいつが責任をとるんだ」「いやそうじゃない」「雅娟は会いたくないと言ってる」「この子を産むと言ってる」「すまないと思ってるんだ」「お前と李進勤を引き離すべきじゃなかった」「お前を許してやればよかったと母さんが」「一人で阿澈を」「母さんは後悔してるんだ」―
陳澈は過去に幾度か母に対して父親のことを尋ねたことがあったが、そのたびに鋭い剣幕で遮られ、何一つ答えを得られることはなかった。祖父が口にした“李進勤”という男の名は、自分の実の父親のことではないのか。今一度母に問いただすも「父親は死んだ」の一点張り。感情的になった母はつい「これ以上この話を続けるようならもう顔も見たくない」と怒鳴りつけてしまう。息子も息子で「どうせ父親がいないんだから母親がもう一人いなくなっても同じこと」と言い返してその場を後にする。
バイクを飛ばしながら、母と祖父の言葉を反芻して色んな憶測をめぐらす陳澈。生憎の雨で、激しい雷まで鳴り始めた。バイクがトンネルに入り、陳澈のいら立ちがいまにも爆発しそうなころ、不意に目の前にまぶしい光が射し、陳澈はバイクごと転倒してしまう。
どれだけ気を失っていたか、目が覚めてみるとバイクが消えていて、激しかった雨も止んでいる。通りがかった女の子に携帯を借りようとするも「携帯?なにそれ?」とトンチンカンな反応をされる始末。みんなヘルメットをかぶらずバイクに乗っているし、見慣れない住所に見慣れないアイドルの写真。VISAカードもまだ使えない?!「あんた、外国から来たんでしょ!」と言われてついに「まさか…」と恐る恐るたずねる「今年って、民国何年ですか?」
そう、陳澈はまさかまさかの過去にタイムスリップしてしまったのです(どーん)
しかもそこは民国78年=1989年。陳澈が生まれる一年前。そこで出会った先ほどの女の子がなんと実の母親の大親友・葉真真だった。そして陳澈は、まだ22歳のころの母に対面する。


と、さらっと紹介するはずだったのが妙に長くなってしまった。冒頭のシーンでありきたりなアイドルドラマかと思わせておいて、急に意味深なセリフ、そしてまさかのタイムスリップ。まあ、タイトルに1989ってあるんでよくよく考えたらそうなるよな~1989年に行っちゃうよな~て感じなんですが、過去にさかのぼって自分を産む前の母に出会い、そこから自身の出生の秘密を探っていくという、ちょっとスリリングな話なんです。
いま台湾では14話まで放送されていて、だいたい20話で完結というのが多いのでそう考えると約4分の3行ってますが、父親が誰なのかという問いの決定的な答えが出ていません。かなり引っ張ります。ただ、13、14話辺りがかなり鍵というか、ほとんど核心に近づいている。それでもまだ真相に靄がかかったままで、イーッってなります。
物語の主軸にはもちろん、陳澈が1989年にタイムスリップして自身の出生の謎を解き、頑なに話そうとしない母の秘密の過去を知っていくというのがあるんですが、同時に1989年で出会った母の親友・葉真真との時空を超えた恋ってのももう一つの軸です。

タイトルにある、「一念間」という言葉を解釈するのが難しいなあと思いつつ調べていたんだが、もともと「一念」は仏教用語で「きわめて短い時間や、その短い時間に生じる、わずかな心の動き」を意味しているんだそうです(星飛雄馬『45分でわかる!数字で学ぶ仏教語。』p.8)。つまりその「一念」と「一念」の間、一瞬の時間、感情の変化を意味しているようです。これは物語と深くつながってるキーワードなんだと思います。過去にタイムスリップした陳澈は、自分自身が「バタフライ・エフェクト」を起こしてしまうという問題に向き合う必要があった。彼が一瞬の心の動きによって起こす些細な行動が、未来をどうにでも変えてしまう。葉真真を好きになっちゃうのか、好きだと認めちゃうのか、それとも黙っているのか。もちろん葉真真や陳澈のお母さんも、知らないうちにその「一念間」を生きている。それに、たとえ葉真真を好きになっても、いずれ2016年に戻らないといけない(ほんまに戻るんかな)陳澈にとって、その恋にはすぐに別れがくる。あとは2016年と1989年っていう26年間を一瞬でタイムスリップしちゃったっていうこととも掛けてるんかなと思います。これ日本語タイトルにするの難しそう。わたしなら思い切って意訳して『1989年の君へ』とか、『1989年―刹那の恋』。「刹那」てこれも仏教用語では。刹那って言うとなんか強そう。
何話だったか忘れちゃったんだけど、陳澈がセリフの中で「一念間」という言葉を使っていて、なんかかっこいい感じのセリフを言ってた気がするんだけど…思い出せなくてもやもやしてます。見返して探すのも面倒なのでとりあえず放置。


思いのほか長いこと書いてしまったけど、言いたかったのは≪1989一念間≫おもろいよ!っていう。胸キュンシーン的なもの長くてとばして観たりしちゃうけど全体としてはなかなかだよ、っていうお話でした。


【追記】
陳澈の言ってたセリフ、そのシーンから抜き出してきたのでメモ。

  我們不知道下一秒會發生什麼
  只能把握現在
  做出將來不會後悔的選擇
  而將來會如何
  就在你的一念之間

  先のことは分からない
  後悔しないよう
  今を生きるだけだ
  未来は
  この一瞬にかかってる

こうやって訳してみるとそんな決めまくったセリフに見えないな…わたしの力不足。

Wednesday, 10 February 2016

愛上哥們を観ている

台湾ドラマ『愛上哥們』(日本語にするなら「アニキに恋して」みたいなとこか?)にハマってしまった。昨年末から台湾の三立テレビで放送されていて、あと二話で完結するところ。字幕版やら吹き替え版やらの映像が日本に届くのを待たずして、インターネットを駆使して鑑賞できる時代に生まれてよかったです。こういう時に外国語をそこそこ理解できるとラッキーである。

簡単にあらすじをまとめると、訳あって幼いころから男として生きてこなければならなかった女の子が、ヤクザの若い親分でテーマパークを運営する事業家でもある青年を偶然助け、その活躍が買われて兄弟分の契りを交わすことになり、あれやこれやで親分となんかいい感じになっちゃいそうだけど26歳になるまで女だとバレてはいけないからがんばって隠しながらいい感じになる、というもの。まあ、台湾ドラマにはありがちな無茶感のあるストーリーなんですね。このドラマが始まる前のシーズンのドラマをネットで観ていて、ああ次はこんなんあるんだな、くらいにしか思ってなかったんだけれども、台湾の友人に最近のおすすめのドラマはないかと尋ねたら、このドラマが台湾で大人気になっていると言うもんだから、どんなもんだと気になって観てみたのです。で、いざ観はじめるとなんかやっぱ無茶な雰囲気漂ってるなー飽きるかなーと当初は感じたんだけど、なんだかんだで現地の最新の放送回分まできっちり追いついちゃった。とはいえ惰性で観続けてきたわけではなく、結構おもしろくて裏話映像をyoutubeで探してみてしまうほどなんだが、そこまでハマった理由を考えてみると二つ三つはある気がする。

一つには、設定が無茶なのでそのほかの多少の違和感は観ているうちに受け入れてしまう、ということがある。訳あって自分の性別を偽らねばならなくなった理由というのがそもそも大袈裟だし、物語の前提である“同性愛者ではないが男だと偽らねばならない女”っていう設定がすでにぶっとんでいる(ドラマではよくあるけど)。だから、それ以外の「ん?」「それはありえんやろ!」みたいなのは次第にどうでもよくなってくるところがある。観ているうちにストーリー上で感じる「ん?」はそれなりに受け入れてしまった。もちろん、コメディとしての演出だったり監督の撮り方だったりに工夫がされているからこそ、無茶のある設定でもサムくないドラマに仕上がっているのだと思います。

二つ目には、一番の理由はこれなんだが、男として生きている琵亞諾を演じる女優さんがなかなかいい演技をするので、それが見逃せないということ。調べてみたら、この賴雅妍という女優さんは2014年に『等一個人咖啡』という映画の中ですでに短髪の男性的な役柄を演じたことがあって、そこではレズビアンの女性という設定だった。実際、男性俳優と並んでも見劣りしないくらいの背の高さがあって、『愛上哥們』のなかではキスシーンでの見栄えをよくするために撮影時の立つ位置を工夫したりして相手役の男性との身長差をこっそり演出しているくらい。その上、小顔の整った顔立ちと来てはまさに草食系のイケメン男子さながら。つまり、容姿が役柄にしっくりはまっている。声はさすがに無理があるんじゃないかと思っていたのだが、慣れとは恐ろしいもので、回を追うごとに全然気にならなくなった。男女の恋愛物語をみてるのか、同性愛の恋愛物語なのか、はて?となることもしばしば。実に、この女優さんははまり役を見つけたな~と。もし自分が同じ職業の人間なら相当うらやましく思ったことだろうと。

そんでもって、異性愛なのか同性愛なのかというのをまるで煙に巻くかのような二人の関係をドラマの後半まで引っ張り続けているっていうのもおもしろいし、そういうのが台湾で大人気になってるってのもまたなんか台湾らしいな~というほんわかな感じで個人的には好きです。

今週末の日曜に最新話が台湾で放送されるので、ネットで観れるのは早くても来週の月曜かそのへん…遠い…