Tuesday 16 September 2014

現状確認

一年前は台湾にいた。
台北はせわしない街だった。
私は中心街から離れた山寄りの大学にいた。
ルームメイトとのコミュニケーションがうまくいかないということ以外は、何不自由なく学生宿舎に住まわせてもらい、月6万の奨学金をいただいてそれはまあそこそこ余裕のある暮らしをさせていただいた。それなのに研究の方はなおざりで、ほぼまったくゼロにとてつもなく近くなにもしないまま一年が過ぎた。いまここ。

留学から帰ってきたのは7月1日なので、もうそれから二カ月は経つ。
修士論文の状況がやばいということは薄々感付いていたと言うか、感付くも何も、やばいのは分かってるけどとりあえず置いておいて就活でもするか、みたいな変な落ち着きがあった。そして就活を実際にやってみいて気付いたのは、これまで自分で始めたことを何一つ最後までやり遂げてこれなかったということ。どれもぼやっとしたままなんとなく終わらせたような気になってさよならしてきた。つまり何事も責任もってやってこなかったってこと。修論も、そんな風になるのかな、という感じがしていた。

このままじゃ私の人生はなにもかも中途半端だ、と思い、まずは修論にちゃんと向き合おうと決めたのが8月末。就活のために出ていた東京から戻り、研究室に閉じこもり、休日は息抜きのためにパンを焼く、それがここ最近の日常。そんなんで修論にはちゃんと向き合えてるのかって?休日も修論やれよ!って?うーん、向き合おうとすればするほど、自分がこれをやっていることそのものが無意味に思えてきて辛くなるんだ。なんでこんなにも興味の湧かない研究対象を選んでしまったのか、なぜもっと時間をかけて考えてテーマを決めなかったのか、いろんな後悔がどわっと湧いてきて、いてもたってもいられず研究室を飛び出してトイレに逃げ込むか、生協で甘いものを買って気を紛らすか、研究棟のバルコニーから外を眺めて、昔投身自殺した教授のことなど考えてみたりする。教授と言うのは本当にすごい、だって修士論文書きあげたどころじゃなく、博士論文って言う化け物みたいな論文を書き上げたのだから。それに、教授になるまでに何本と論文を書き続けている。雨の日も風の日も薄暗い研究室に足を運び、不健康そうな同僚たちに囲まれながら、面倒くさい学生のあれこれもこなし、自分の研究をする。教授って本当にすごい(二回目)って思った。私には無理、この時点でもうドロップアウト確定です。だめだめ、教授になるとかはどうでもいいけど、修論はドロップアウトしちゃだめ。だから辛いけど、うだうだ言わずにこの研究対象でなんとかかんとか書きあげようと考えている。考えている考えている考えている......